『暗殺教室』第172話 生徒の時間、もしくは、生徒と同僚と部外者

規格外の戦いを目の前にして、E組の生徒たちと同僚たちは、殺せんせーの援護どころか普通に立っていることさえ難しい状態。
この戦いを、ひとりだけ、せつなげにみつめるイリーナ先生。

イリーナ先生だけが、この戦いの中で愛をみつめている。
それは、人を愛することと、人を殺すことの、両方を知っているからなのかもなあ、とちょっと思った。


「死神(弟子)」の幼い目がきらきらしている様が、なんともせつない。
確かに善悪の区別もつかない子供だけど、その想いは純粋だった。

心を満たしてくれる何かを求めていた子供。
それは、E組の子供たちと似ている。
「死神」=殺せんせーと出逢う時期が違っていたら、「死神(弟子)」もきらきらした目のままで、自分の心を満たせる何かをみつけだせていたのかもしれないんだな。

でもって、「死神(弟子)」は見てしまったんだ。
自分をみつめてくれなかった自分の「先生」が、E組の子供たちをみつめる姿を。
彼の「生徒」たちが「先生」を取り囲み、楽しそうにしている姿を。

そう考えると、「死神(弟子)」が寿命を削ってでも、自分の憎悪を思い知らせたい、という考えにいたってもしかたない気がするよなあ。


殺せんせー、やっぱり柳沢には容赦ない。
柳沢は、殺せんせーの「生徒」でもなければ同僚でもないし、許せる要素がまるでないもんな。

唯一、感謝する点があるとすれば、雪村先生と出逢うきっかけをつくってくれたこと、ぐらいか。