『ワールドトリガー』(第179話 天取千佳・7) 感想(大きすぎる力は心を蝕む)

今回も1話掲載。
葦原先生が胆嚢をベイルアウトさせたらしいのでしかたない。
先生に無理のないペースで連載が続けられているのなら、なによりです。


チカちゃんが人を撃てるのなら戦術の前提が大きく変わる、というヒュース。
なんとゆーか、土木工事がMAP兵器に変わるくらいの違いがありそうな気はする。
「千佳がひたすらメテオラとハウンドを撃つだけで、5・6点は獲れるだろう」とか言われると、確かにそうだよね~、ってうなずいちゃうくらいの破壊力はある。
みんなが必死で知恵を絞って、走りまわって、生存点込みで6点も獲れたら、大勝利! って感じなのに、オサムとユーマとヒュースが3人がかりでチカちゃんを守って、チカちゃんが適当メテオラを撃ち続けるだけで、6点獲って、さらに生存点3点が加われば、B級2位以内はほぼほぼ確実だよね。
まあ、最終戦で影浦隊がどれくらい点を獲るかにもよるけど、四ツ巴戦ということは、参加人数が多くて、それだけたくさん点を獲れるってことだし。

戦いは相手よりも多くの戦力を揃えられるかどうかにかかっている、というのは当然のことだし、その戦力が使われずに放置されていることを、ヒュースは指摘せずにはいられなかったんだろうね。
それに、チカちゃんが撃たないことで、チームで遠征に行けないとなったら、それはそれでチカちゃんが気に病むだろうし。
どちらにせよ、うやむやにしておくのはよくない、とヒュースは判断したんだろう。
それでも、チカちゃんが青ざめているのをみてひいているから、むりやりにでもやらせる、という気は元々なかったんじゃないかな。


近界にも人を「撃てない人間」ってのがいるんだね、やっぱり。
ボーダーならそういう人に無理をさせずに、戦わなくてすむポジションにうつしてもらえるけど、近界ではそういうの見逃してもらえるのかね。
鳩原ちゃんとか、吐いて、寝込んだ、というからなあ。そういう人に無理やり戦わせてもかえって足手まといになりそうだ。


チカちゃんが撃てない理由については、鳩原ちゃんという前例があったために、東さんもレイジさんもユズルくんも、それと同じパターンだとミスリードされてしまったんだろうな、という気がする。
当真だけが違うと考えていたのは、元々鋭い観察眼と、鳩原ちゃんとの間の絶妙な距離感ゆえかな、って思う。
近すぎず遠すぎず、な距離で接していたから、クールに判定をくだせた。
東さんとレイジさんは、鳩原ちゃんの失踪がかなりこたえてて、チカちゃんの問題を深堀りできなかったのかもしれない。

ユズルくんがチカちゃんの撃てない理由を推測した時、自分が撃てない理由がわかってないチカちゃんはそれを聞いて、そういう人がいたんなら自分もきっと同じなんだろう、と思い込んでしまってたんだね。
つまり、ヒュースが追及するまで、チカちゃん本人もミスリードされていた可能性は高い。
だって、そっちの方が楽だから。
深く考えなくてすむから。

だけど、そのままではいられなかった。
今のままでは、本当の意味では戦えていないから。
自分も戦うと自分が決めたのに。

「わたし……わたしは結局いつも自分のことばっかり考えてる……」
ここのチカちゃんの歪んだ顔と吹き出しが本当にキツい。

考えてみれば、トリガーというデバイスを使えば、三門市を更地にできるかもしれないパワーを持ってるんだよ、チカちゃんは。
まだ中学生の女の子が持つには、あまりにも身に余るものだろう、それは。
近界においては、比喩ではなく「神」レベルだし。

おもえば、入隊した日に本部の壁をぶち抜いちゃって、チカちゃんが真っ青になってたのは、本部を壊してしまってどう弁償すればいいのかわからない、ってこともあったんだろうけど、自分がどれだけのことができるか、をはじめて目の当たりにして、ショックを受けていた、というのもあるのかもしれない。
さんざんトリオン量が多いと言われても、なんかすごいらしい、というボヤっとした感じしかもてなくて、自分があけた大穴をみることによってはじめてリアルに、自分がどれだけのものを壊せるか、を認識したんじゃないかな。
あの時、東さんと佐鳥がギャグっぽくおさめてくれて、鬼怒田さんがほめてくれたのは、思った以上にチカちゃんを救っていたのかもしれない。

トリガー使いの強さはトリオン量だけで決まるわけではないけど、チカちゃんクラスになるとトリオン量だけで決まってしまう。
太刀川さんだって、チカちゃんが物量で押し切ってきたらどうにもできないだろう。
そして、そのトリオン量は努力でもなんでもなく、生まれた時点で決まってしまっている。
これを「ズルい」と責めてしまう人は必ずいると思う。
圧倒的なトリオン量の差をみせつけられて、心が折れる人がいても不思議ではない。
そして、そうやって心が折れる人をみてしまったら、チカちゃんも傷つかずにはいられないだろう。
A級の隊員ならば、これだけの戦力が味方についていることを喜びそうな気がするけど、そんな人ばっかりじゃないのは明らかだしなあ。
そう考えると、ボーダー戦闘員としてトリオン量最弱のオサムが、最強のチカちゃんに対して、うらやましがるわけでもなく、卑屈になるわけでもない、というのは、オサムのメンタル強度はモンスター級な気がする。


オサムなら、他人にどう思われようと、自分は自分が正しいと感じたことを為すだけ、と考えそう。
ユーマなら、他人にどう思われるかがなんでそんなに気になるのか、と不思議に思いそう。
でも、チカちゃんは、他人にどう思われているか、がどうしても気になる。
中高生くらいならそれが普通だと思う。
鋼さんが、自分はいるだけで人を傷つける、と体育座りでしくしく泣いてたくらいだし。
てゆーか、オサムとユーマの方が規格外だよね。

チカちゃんの「自分のことばっかり考えてる」というのは、他人によく思われたい、ということではなく、他人に悪く思われたくない、ってことなんだよね。
自分を大きくみせたいんじゃなく、自分の存在を赦して欲しいだけなんじゃないかと思うんだ。
「モンスター」じゃないんです。人を撃てない人畜無害な存在なんです。赦してください、って。
たとえたったひとりでも自分を否定する人がいたら、この世から消えてなくなりたい、というほどに思い詰めてしまう、というのは、中学生女子なら普通に有り得そうな気がする。
特にチカちゃんは青葉ちゃんの件もあって、自分で自分の存在を赦せてないみたいな面もあるからなあ。

ヒュースが斬り込んで、ようやく表面化したチカちゃんの気持ち。
なんでここまで斬り込めなかったのかというと、オサムがチカちゃんの気持ちがある程度、落ち着くことを待っていたからだよね。
実際、チカちゃんがレイジさんと栞ちゃんにあれだけのことを話せたのは、これまでの経緯で、このふたりは決して自分を傷つけない、という信頼感ができあがっていたからだと思うんだ。
思いっきり甘やかす、という宣言通りに、チカちゃんが大事だ、大好きだ、玉狛にいてくれてうれしい、ということを、支部一丸となって伝え続けてきた結果、得た信頼だよね。

だから、みんながチカちゃんの心の準備を待つってのは、必要なことだったんだと思う。
そして、準備ができたところに、しがらみのないヒュースが率直な意見を言ってくれたことは、ラッキーだったんだと思う。
人を撃たないことで、チカちゃんが後悔してしまう事態になる前に、チカちゃんが次の一歩を踏み出せたんだから。

うずくまっていたチカちゃんが立ち上がるまで見守ってくれてたのが玉狛のみんなで、背中を押して前に進ませてくれたのがヒュースなんだな、と思うと、なんか泣ける。


「それはふつうのことだよ!!」ってチカちゃんをはげました栞ちゃんの顔がちょっとこわかった。
それだけ必死だったんだろうな、って思う。
ここで対応を間違えたら、チカちゃんの心が壊れてしまうような気がしたんじゃないかな。


最終戦ではついに三雲隊の「全」戦力が投入されることになりそうだな、これ。
トリオン量ボーダーNo.1のチカちゃんとNo.2のヒュースが投入されるって、諏訪さんじゃなくても「ざっけんな、クソゲーじゃねーか!」ってわめくレベル(笑)。
ヒュースがエスクードで囲って、チカちゃんがメテオラ降らせるとかいうのを想像するとこわいな。
生駒隊と弓場隊が気の毒なことになりそうな予感がする……。


ところで、ユーマが緑川を「しゅん」呼びしてて、おっ、ってなった。
緑川がそう呼んでってねだったような気がする。
ユーマはメッセージアプリでもあの微妙な丁寧語なんだな。

これまで謎の存在だった草壁隊と弓場隊がようやく登場か……。
めっちゃ楽しみ。