『呪術廻戦』(第120話 渋谷事変・38) 感想(呪いの言葉に生かされるという呪い)

「小僧。せいぜい噛み締めろ」という言葉を残して、虎杖にからだを返した宿儺。
やっぱり、魔虚羅を倒すのに効果範囲を半径140mも広げる必要なくって、伏黒を範囲外にしつつ、虎杖に最大限の嫌がらせするために、そういう設定にしたとしか思えない……。

きれいさっぱりなんにもなくなってしまった渋谷の一等地。
きれいにさばかれてる呪詛師。
そして、宿儺にのっとられている間の記憶……。

真人に変化させられて、もう元には戻れない人たちを倒したことさえ、「自分が殺した」と考えていた虎杖が、宿儺に殺された人たちを「自分が殺した」と思うのは当然だろう。
先輩たちを助けようとして、伏黒には止められたのに宿儺の指を呑み込んだ結果がこれで、自分がおとなしく処刑を受け入れていたら、死なずにすんだだろう人たちだから。
虎杖ならそりゃあ、そう受け止めるだろう。

そうわかっていても、虎杖の口から、自分で自分を呪う言葉がこぼれるのはつらい。
いずれ宿儺もろとも死ぬ覚悟はあったけど、宿儺が殺した人間の死を受け入れる覚悟はなかったのか、とも言えるけれど、多分、最初の頃の虎杖にはそんなものなかったと思うんだよね。
だって、呪いのこととか、まったく知らずに生きてたんだから、いきなりそんな想像はできないだろう。

虎杖は宿儺を抑えきるということに自信をもっていたんじゃないかと思う。
自分が気持ちを強くもってさえいればいける、みたいな。
でも、そんな希望が粉みじんに吹き飛んでしまった今、虎杖はもう自分が生きていることを許すことができない。
それでも、「行かなきゃ」「戦わなきゃ」と虎杖は動き出す。
うずくまって泣くことすら、自分に許すことができない。
この展開つらすぎるんですけど……。

ところで、指を呑み込んだ時点で虎杖はなんにも知らなかったけど、伏黒はいろいろ知ってて、そうなることも予想はできていたんだよね。
それなのに、虎杖を死なせたくない、と思って現在にいたる道筋をつくってしまった。
まあ、五条先生がいるからなんとかなる、という目算はあったんだろうけど。
これ、伏黒もキツイことになるやつ。


七海さん、ゾンビみたいになって生きてた。
一級術師の耐久性すごいな。
禪院当主も生きてるかもな。

呪術師をやめてのんびり海でも眺めながら暮らしたいという気持ちと、呪術師として助けられる人を助けなければという気持ちが、いったりきたりする七海さん。
呪術高専に通ってみたり、サラリーマンになってみたり、呪術の世界に戻ってみたり、と七海さんは常に迷い続けてきた。
灰原くんは、その迷いの象徴のような存在だったのかもしれない。

「私は結局、何がしたかったんだろうな」という問いに対して、灰原くんの幻が指し示したのは、虎杖だった。
そうか、七海さんは託したかったのか。
でも、「大人」の七海さんは「子供」の虎杖に背負わせることをよしとしない。

「それは違う。言ってはいけない。それは彼にとって“呪い”になる」

七海さんはわかっていたのに、結局、「呪術師」の虎杖に託してしまった。

「後は頼みます」という最期の言葉は、確かに虎杖にとって“呪い”の言葉だ。
「死ねよ」と自分を呪った虎杖は、七海さんの“呪い”によって、みずから死を選べなくなってしまった。


呪術師に悔いのない死はない。
だから、「悔いはない」とつぶやいた時、七海さんは死ねなかったんだろう。
そして、虎杖を“呪った”から、七海さんは死んでしまったんだろう。


七海さん……こんなつらい状況の虎杖を遺して、逝ってしまわないで……。